郵便局めぐり(風景印と旅行貯金と旧線路情報)

主に北海道と東京・神奈川の郵便局をめぐってます。

2026.07.16 町田鶴川①

昨日、鶴川駅周辺の4局を回ってきました。

この辺は町田駅を中心としたエリアとは離れていて、鶴川駅を中心にバス路線が複数あります。

▲(東京・408局/全国・3773)町田鶴川一郵便局

局番:00587 1966(昭和41)年4月1日開設

※移転改称 2017.10.10 鶴川駅前→町田鶴川一

相原局と同じ日の開局で、局番も連番。元は鶴川駅前にあったみたいですが、住宅地の中に移転。

風景印にロマンスカーが登場するのは、駅前局の名残り?

車両は今はなきハイデッカーのHiSE。

 

△近くには和光学園や国士舘大学などがあります。

▲(東京・409局/全国・3774)町田鶴川四郵便局

局番:00772 1970(昭和45)年4月16日開設

鶴川の住宅地の中にあります。町田ゼルビア推しの局。

そういえば釧路の雄別鉄道が廃止された日の開設。北海道の炭鉱の斜陽化と関東の団地・ニュータウンの拡大は同じ時期。日本の光と影を感じます。

【2026.03.05】町田相原/大戸

少し前、3月の記録。町田街道の横浜線踏切が立体化されるとのこと。

まだ立体化のための準備の道路工事の段階で、道路が付け変るのは少し先みたいですが早めに記録を兼ねて郵便局めぐりして来ました。

▲(東京・8局/全国・1208)町田相原郵便局

局番:00586 1966(昭和41)年4月1日開設

謎のペリカンがシンボル。この日は人は少なかったです。花粉の多い日でした。

町田街道の立体化で移転する予定があると聞いてます。

 

▲(東京・9局/全国・1209)町田大戸郵便局

局番:01467 1992(平成4)年1月28日開設

平成になってからの開局です。細長い町田市で最西部にある局。

 

2026.07.03 銀座郵便局

銀座郵便局。場所的には築地のすぐ隣の場所にあります。

郵便事業専門・ゆうゆう窓口のみで貯金・保険の扱いはありません。

▲(東京・404局/全国・3761)銀座郵便局

局番:01480 1991(平成3)年3月29日開設

旧汐留駅(初代東京駅)から築地市場への貨物線(廃線)沿いにある郵便局。

局番が示す通り、東京中央局の分身のような存在。

東京南部小包集中局(1968~1990年)の局舎を再利用して開設。

元を辿ると1885年、郵便通信交通を管掌する逓信省が最初に置かれた場所で、郵政史上重要な場所。

△控えめながら「検査業務開始の地」の碑が立ってます。
やっぱりこの辺は日本の中心だなあ。

△昨年廃止された、東京高速KK線。遊歩道として再活用される予定。

存在意義が今一不明な道でしたが、なくなると寂しいものです。

【メモ】2026.7.14の横浜線

今日は出勤中、横浜線で人身事故に遭遇。状況をまとめておきます。

横浜線(718K) 橋本発磯子行 新横浜~菊名間の踏切で8:20頃非常停止

60kmくらいで走行中。ブレーキかけて100mくらいで止まったので直前横断かと思ったのですが、停止後1分ほどで人身事故発生と運転士よりアナウンス。

肩が触れ合う程度の混雑、停止の衝動で私の車両(7号車)では3~4人が倒れ込んでました。

救出活動(9:15頃完了)~安全確認(9:36頃完了)

ワンマンのため、停車中のアナウンスは指令からの遠隔放送。

8:40頃、9:40運転再開予定と車外に出ないようにとアナウンス。

外気温は32~33℃で蒸し暑かったですが、車内は空調は効いてました。

9:30頃、体調不良で倒れ込む人が居ましたが、インターフォンで連絡してももう少しで運転再開するからそのまま待てと指示。

9:36、菊名駅へ動き始め、駅で救護確認。3~4分停車。

9:50、菊名駅発車。10:01、東神奈川駅到着。運転打切り。

10:03頃、1本後の東神奈川行到着。

10:05頃、2本後の大船行到着。超満員で乗れず。

10:06頃、京浜東北到着。やっと乗れて横浜着。

 

(雑感)

運転再開予定の情報共有が遅い(ネットの情報より10~15分遅い)

磯子行きが東神奈川打ちきりになりましたが、アナウンスが遅い。

JR東日本アプリの列車走行位置画面では8:30頃には行先表示が差し替えになってましたが、車内にアナウンスがあったのは東神奈川駅到着直前でした。

今回は東神奈川打切りで、さらにその後の後続2本にも乗れずで結構待たされた。

ワンマン化前は車掌が前後の電車の状況や、東神奈川でどっちが先発するか逐一アナウンスしてくれてましたが、今はそれがない。

次の電車も乗れないほど混んでるのに、振替乗車の案内なし。9時50分くらいの時間なら各社ラッシュ過ぎて落ち着いてくる頃だからそれに誘導すればいいのに。

あと、体調不良で人が倒れたんだけど車内のインターフォンで連絡しても待っててくださいって言われるだけ。現状だとそれしかないわけだけど、車掌さんがいたら見に来てくれそうだし、ワンマン故の不便さや不安感はありますね。

というか毎朝聴いてた車掌DJの声が聴けなくなったのは地味にさびしいものです。

車掌さんの仕事って運転士に比べるとライトなものだと思ってたんですが、ワンマンが始まっていろんなことしてくれてたんだな、って最近思います。

2026.06.17 釧路貝塚

釧路の局めぐりの続きです。釧路川の北側を離れ、南側のエリア(=橋南地区)へ。

▲(北海道・1435局/全国・1576局)釧路貝塚郵便局

局番:92066 1959(昭和34)年3月16日開設

根室本線(花咲線)/釧網本線が釧路川を渡った次の駅、東釧路駅の裏側にある郵便局。ずっと風景印がありませんでしたが、昨年設置されました。
図案は局名の由来でもある東釧路貝塚。縄文前期で、北海道古い方の貝塚になるそうです。

郵便局は11:30~12:30が昼休みで、その直前の訪問でした。

2025.07.03 愛川町田代

半原の撚糸組合前から愛川田代へ、バスで移動。

▲(神奈川・132局/全国・2035局)愛川田代郵便局

局番:02630 1975(昭和50)年8月18日開設

※元々は1874(明治7)年開設の田代郵便局。1958年に愛川郵便局に改称。1975年に春日台の方に移転、代わりに本局が新規開設され今に至ります。局名に「愛川」が付くのはそれのせいか。

 

△風景印になっている、平山橋。

大正期に造られた、リベット構造の鉄橋。今は歩行者専用。

戦争末期の1945年7月10日に米軍の機銃掃射を受けていて、今も弾痕が残ってるそう。

 

ここ田代へは戦前鉄道建設計画があって、淵野辺から田名を通ってここまで鉄道がとおるはずでしたが、昭和恐慌で資金難になってしまい実現しなかったそうです。

今でも神奈中バスの淵野辺~田名~半原の路線があり、ICカードで乗ると乗継割引が適用になります(田名バスターミナルでの乗継に限ります)。

△愛川田代局が愛川局だった名残が残ってる、田代バス停。

かつては「愛甲田代駅」という名前でした。駅と言ってもバスの駅で、国鉄との連絡切符を発券したり手小荷物の連絡運輸をしていたようです。

今日は富士五湖方面へ

今日は朝から天気が良くて、気温がかなり上がりました。関東は夏本番の始まり。

天気が良かったのでレンタカーで富士五湖方面へ行ってきました。

大月~富士吉田のあたりは電車で来たいと思っているので、今日は本栖湖・上九一色あたりを回ってきました。

6月後半に富士五湖震源の地震があってそれの様子見もありましたが、見た感じ痕跡はありませんでした。

局めぐりの記録は、また追って。