郵便局めぐり(風景印と旅行貯金と旧線路情報)

郵便局と駅・廃線跡めぐり旅の記録です

2011年1月20日(木) 茨城・2局

2011年の1月は、もう一度帰省した。正月、あまりゆっくりできなかったから。

オフシーズンだと飛行機も安かったので、どこへ行っても雪ばかりなので。

そのついてで茨城の牛久近辺をぶらぶらと。懐かしい空気を味わう。

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▲240. 東文間郵便局

北相馬郡利根町。千葉県印西から橋を渡ったところで、付近は一面の水田。

茨城の郵便局は、生活感が濃厚に感じられる。

この道は牛久から川崎の実家に戻るときに近道として使ったり、

少し遠いのだが千葉ニュータウンの方に映画を見に行ったりするのに通った道。

越した頃(2005年)は茨城はあまりシネコンがなかったが、

つくばエクスプレスが通ってあっという間に便利になっていった。

今思えば、関東は本当に時が流れるのも、環境が変わってしまうのも本当に早い。

自分にとっては早すぎて、気分が悪くなることさえあった。

景色や環境は長い時間かけてそうなっているものなのに

それを変化させるという行為に対して、きちんと考慮した結果に感じられないことが多い。

そのためか、時とともに変わらないものへの憧れがあって、

旅や、遠い土地への思いになっている。

多くの状況を見ていけば、いつか理想に近づけると、あの頃は思っていた。

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▲241. 牛久みどり野郵便局

前住んでいた場所の近く。

牛久の住宅地、常磐線の線路の東側で、南より。

5年ほどいた、ということになるが、ここで寝ていただけのこと。

そんなことでも、実家をでて初めてのことだったので、いろんなことを思ったり考えたりした。

世間的にはおっさんが一人で住んでいた、なんだろう、って感じだろう。

それでも最後の日、近くのやきとり屋のおばさん・おばさんがいつもどおりに親切にしてくれたりして

それが本当にうれしかった。自分にとってはいい時間だった。

好き勝手していただけのことだが。

この日は2局だけで終了。

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(おまけ)牛久女化(おなばけ)神社

牛久市龍ヶ崎市の境目にある。この辺は女化原と言って、女に化ける狐が出たという謂れがある。

特に大晦日の深夜からは、二年参りが大盛り上がりしていた。

冬の日は毎日そらがすっきりと青くて本当に気持ちがよかった。

本当はもっと北の日立やいわきの方に行って

食べそびれていたあんこう鍋を食べたく、そのためにそっちへ向かったが時間がなく断念。

この後、あの地震が来た。

虫の知らせってやつかもしれない。